活動
地球こそが人類の聖地である ・ 喜納 昌吉
地球こそが人類の聖地である。覚醒した人々はそのことを勇気をもって宣言せねばならない。無限に広がる宇宙、そこに浮かぶ水
色の美しい惑星、太陽から遠くもなく近くもなく、神の愛のダンスと歌に育まれし生命達の宴を、奇跡と呼ばずに何と呼ぼうか。宇宙
の本質とは喜びであり至福に満たされたもので、決して不幸や争いや憎しみではない。また宇宙に開かれた知性は、空気や水、自
然の恵みはこの地球の特性であって、それが無限ではないことも知る。故に人類は苦悩と目覚めによって知識と技術を分かち合い、
この地球に益として返す本能を持ち合わせている。
人類は3000年の間に5000回も戦争をしてきたと言われる、そしてなおかつ破壊兵器を生産し、地球を何十回、人類を何千何万
回も滅ぼす核と化学・生物兵器をもっていると言われる。人類の不幸とは、精神的に目覚めている人達よりも目覚めていない人達に
技術の使用権を握られ、何十万人ともいわれる科学者達の頭脳が愚かな武器開発に使われているところにある。資本主義も共産
主義もその意味では不完全である、なぜならば限りある自然の富を軍産複合体のシステムによって生命の破壊の方向に使っている
からだ。決して科学や文明が悪ではなく、原因は人間の内にあることに気づく。有限である自然の恵みと永遠につきあうこつとは“共
に生きる”ことであり、傷つき病み疲れたこの母なる大地を見たとき、戦争にはいかなる勝利者もなく、人類の敗北であることを知る。
そして戦争だけが人類の滅びの道ではないことも知るだろう。
私達は対立する概念を、強い意志を持って跳び越えなければならない、国家と国家、民族と民族、人種と人種、宗教と宗教、あらゆ
る対立するものを和合させる地点へ。鳥や魚、雲や風、それらは自由に飛び泳ぎ、目的さえ持たず流れ吹いている。生命の本質と
は分断なきものであり、人工物である情報や電波さえも国境にとらわれない。皮肉にも進化の頂点に立つ人間だけが国境に閉じこ
められ、地球規模の問題を産み、互いに憎しみあい、他の生命を道連れにする争いをしている。いかなる意識がこの地球に線をひ
いたのか、その誤りを正し、国境と人と人との心のボーダーを無くしたとき、人類は一つであり地球は一つであるという一体感に包ま
れ、慈愛に目覚める。
この宇宙に見事に浮かぶ地球の神秘とは、神の計りによってもたらされた友達というバランスにある。兄弟は近すぎるし他人は遠す
ぎる、太陽に近すぎても遠すぎても生命は存続するのに難しい、その両方に虹の橋を架けるのが友なのだ。繰り返されるテロと報復
はそれらを物語る、いかなる理由と正義があろうがそこには死体の山しか見いだせない、どこかに間違いがあるはずだ。ユダヤ教、
キリスト教、イスラム教、これらの絶対一神教の関係は近すぎる、そして熱すぎる。そこにはまったく違う神性を持った多神教との交
流が必要だ、そして他の宗教はその両極に友という橋を架け人々が生き輝く方向に和合をはかることだ。ヤーフェやアラーに代表さ
れる一神教を無限に広げていけば全てになり、シャーマニズムである多神教を無限に分けていけば全てに至る。ミクロとマクロは決
して分離しているのではなく、個と全体が融合したところに真実の宗教性が花開き、そのとき神の扉が開かれ天と地が結ばれる。
不完全な過去は戦争という道に逃げ、不完全な未来は平和という道に逃げてきた、戦争を正義としてきた人達、平和を正義としてき
た人達が、主義主張を捨てて手をとり、「調和」と呼ばれる和合の宴に参加したとき、過去と未来は永遠という舞台にいざなわれ、至
福の現在を迎えるであろう。それ故に恐怖に縛られた核の傘の調和ではなく、真理に根ざした愛の傘の調和を実現し、力によるファ
シズムではなく、宇宙に開かれた世界をうちたてることである。神の味を知った宗教者達だからこそ、いかなるものよりも早く和合し、
この地球を争いの場から全人類が全人類と友達になるためのエルサレム、メッカ、そしてブッタガヤに変えることに力を注がねばな
らない。人類が夢見てきた天国、浄土、ユートピア、フリーダムを実現するために、新しい天と地の扉を開き、人類の雛形として私が
生まれた沖縄を、諸悪の根源である国境主義から独立させることをここに宣言する。
すべての武器を楽器に
すべての基地を花園に
すべての人の心に花を
戦争よりも祭りを
(国連主催ミレニアム宗教精神指導者代表者会議スピーチ原稿)
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